タグ付けされたすべての記事 芸術
8 投稿

正面のデザイン

ヘースターフェルドの建築の正面は、地域が進化していることをはっきりと示しています。ヘースターフェルド建築正面の壁画は2013年の9月に終えられる予定です。アムステルダム南東部は強固な文化的結束というものを有しておらず、だからこそエヴァとそのチームは建物自体に視覚的変化をおこそうと決意したのでした。そうすることで、ヘースターフェルドは、正面に壁画を有し屋根に大きな照明をつけた文化的ホットスポットになると考えたのです。 デザインをてがけたのはグラフィティデザイナーであると同時にグラフィックデザイナーでもあったアムステルダム南東部出身のフロール・ウェッセリングでした。彼のデザインによって、外見的には集産主義を強調しながら実際には居住者の個性に重きを置く建物が現実のものとなりました。その点で、壁のデザインは単なる装飾以上の役割を担っています。それは個々人の家庭を識別し得るようにすることです。これは戦後の建築の多くが欠いているものでした。ヘースターフェルドの創造的共同体のように、建築の正面のデザインはバイメールの性格によって喚起されたものです。ヘースターフェルドでは芸術としてヒップホップ、ラップ、詩が存在し続けていることからもその性格は明らかです。正面の壁のデザインははその多彩な色合いと図像学的表現によってバイメールのルーツを表しているのです。 写真:ロナルド•ティマーマン 2013年…

NDSM造船所

1984年のオランダ造船会社(NDSM)の倒産以降、アムステルダム北部のこの地域は社会から放置された状態が続き、試験的にDogtropという団体の劇やフリーマーケット開催以外はこれといった催し物もなく時が過ぎていきました。1998年、アムステルダムの数多くの工場跡や古い波止場が完全撤退や廃棄の対象に上がり、エヴァを含む千を越えるアーティスト、デザイナー、劇場関係者、新鋭芸術家達が活動拠点を失う危機に直面してしまいました。 2000年、エヴァはこのアムステルダム北部地区役所主催の競売でNDSM東地区84000平米の一時活用権を取得しました。彼女は的場適所に人々を集結させ、開発理念を明記、実行可能性調査の評価を示唆、必要財源と追加助成金の手配など、デザインから建築許可に至るまで全ての工程責任を一任しました。そしてカイネテック•ノード(北地区造船)の名の下に劇場関係者、スケートボーダー、信頼のおける起業家とともに巨大な造船ホールへと事業場所を移しました。当初、カイネテック•ノードはただの作業仲間の集まりにすぎなかったのですが、Kunststad(芸術の街)、Skatepark(スケート公園)、レストラン’Noorderlight’の独特なプロジェクトの参加が起爆剤となり、いつしか管理財団へと成長していきました。 NDSMには未来があります。2002年初旬、このプロジェクトは都市開発計画及び環境経済省より、「オランダにおける都市再生の手本」として推薦されたのです。その数年後には、アムステルダムの文化的最新スポットとして注目され、その人気は落ちることをしりません。NDSMは可能性を最大限に追求出来るヨーロッパ最大の場所とも言えます。 スケートパーク、MTV、数々の大型フェスティバルの開催会場、PllekやNoorderlightと言ったレストランが揃った類を見ない芸術の街。。。まさに廃棄の危機を免れ見事に復活させたのです。おかげさまで、昔のようにフェリーもアムステルダム中央駅と往復ルートを再開させました。…

ヒップホップ学校

エヴァは2007年から2009年までアムステルダムのヒップホップスクール兼劇団Solid Ground Movementでオランダヒップホップカルチャーを率いるAlida Dors や Bryan Druiventakとともにスクールをたちあげた一人であります。Solid Ground Movementはアムステルダム中央駅の向かいにあるTolhuistuinという文化的ホットスポットとパートナー契約をしています。…

文化的プログラミング

ハースターフェルトの住民達はへースターフェルト創造的共同体文化プログラムに多大な貢献をしてきました。ディベート大会、パフォーマンス、展示会、演劇等が、自治体共用スペース「H75」や中庭、場合によっては市内の他の場所で開催され、彼らはその企画実演などの全てに携わっています。エヴァは「H75」の修復工事を可能にした上に、この団体の指導から催し物の内容に至るまで全責任を担い、資金収集の準備まで行いました。それにより今現在は住民自身で 文化プログラム全般を運営することが可能になりました。…

共有空間 H75

ヘースターフェルドに住む人々は居住者たちの共有空間の必要性を感じていました。この要望を実現するためにエヴァはインテリアの募集をかけました。芸術学校であるリエトベルト大学の学生たちからの応募もありましたが、結果的には複合建築の居住者たちの応募案が通り、共有空間H75が現実のもののとなりました。。エヴァは計画における認可の取得や実行に貢献しました。H75は現在完成して、ヘースターフェルドの創造的共同体によって管理されています。…

ストレージの変容

へームステフェルトは日々変化しています。2014年、かつて薬物取引が行われていた如何わしい地下貯蔵倉庫跡は、8室の宿泊施設を始め、照明デザイナー、ピアスショップ、そしてアムステルダム南東地区の才能ある人材の発見育成が目的で設立したバイルメール・スタイルの店舗に変貌します。音楽はバイルメア・スタイルにとっても、また店舗にも大変重要な要素です。その店舗では音楽販売や試聴試写会が行われます。支払いカウンター付近のエリアは、催し物開催時はDJブースとして使用され、販売パーティー始め様々なパーティの開催も可能です。エヴァは、建設当初の図案から最終デザインに至るまでの全工程の責任者となっています。尚、地下ユニット改装設計はUrban Symbioseが担当しました。全工程が完了するまでは、Elon Liebermanが、空いてる収納スペース内の「ストレージ空間展示会」にて、住民とリートベルト美術学校の生徒が創作した芸術品を管理しています。…

一時的な芸術村(DAZZLEVILLE)

NDSM構内ホール前に、一時的なスタジオが集まったDazzlevilleが建設されました。20名の芸術家たちがこの色彩豊かな可動式のスタジオで活動していましたが、Kunststadが完成した際に、ここにいた芸術家たちは全員そちらに移動しました。今日、Dazzlevilleはノードリヒト管理下の元、年一度開催されるフェスティバルの代名詞となっています。…

‘スーツケースについて’アートプロジェクト

Valigiaとはイタリア語で「スーツケース」を意味し、Gianpaolo d’Andrea Moravecchiaによって制作されたアート作品の題名となっています。1995年、Gianpaoloはスーツケースをもとに制作されたオランダ•イタリアそれぞれ30人のアーティストの作品をアムステルダムのオープンハーバーミュージアムに展示しました。そこで、彼はドイツ人アーティストのHans KalliwodaとDe Blinde Schilders(盲目のアーティストたち)いうアーティストグループと関わることになります。ともに彼らはValigia on Rails (線路上のスーツケース)というコンセプトを考えつき、15のヨーロッパの鉄道会社のワゴンをアートとして各地で展示し、ヨーロッパの「文化の入ったスーツケース」を最終的にはイタリアトレヴィーゾのBagagli美術館で展示しようという試みに挑みました。 Valigia が展示された各国々で地元のアーティストが招待され、ワゴンをスーツケースというコンセプトをもとにワゴンを装飾するお題がだされました。結果、展示会は、デンマークからギリシャ、旧ユーゴスラビア、ハンガリー、オーストリアまで各国で大きな成功を収めました。この間、エヴァは盲目なアーティストたちというのもとで働きました。…