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ベルリン

2007年、ベルリン市は既に使用されなくなったTempelhof空港の再開発のため、エヴァの助けを求めました。Tempelhofは市の中心に位置し、3,5平方キロメートルの広さでエヴァは再開発のためには近郊にあるNeuköllnという地区の人々の参加協力は必須だと主張しました。その結果、今では自然保護を目的に大きな自然公園が設置され、近郊に住む住民の憩いの場と変化を遂げました。公園の周辺に新しい住宅街がつくられ、以前飛行場だった建物の中では展示会やイベントが開催されています。Tempelhofの再開発はベルリン市と周囲に住む人々の暮らしへ新しい風を吹き込む結果となったのです。 2007年以降、エヴァはたびたびベルリンを訪れ、2010年にはOlafur Eliasson’sの空間研究所のスペースアクティブマラソンという空間の発展•アート•建築•公の空間の使い道を協議する国際会議に参加しました。2012年には市役所の招待のもと、放置された産業地区の再利用に関するInternationale Bau Ausstelling (IBA) Symposium Sleeping Giantsという協議会に参加しました。 その他にもKW現代アート研究所とTUベルリン合同で開催されたMake Shift協議会に出席し意見交換を行いました。  2013年にはベルリン市役所とBuro Happold氏に、NDSMエネルギーを見本として再生可能な自然エネルギーをTempelhofに導入においての指導を求められました。ベルリンで開催されるIBA2020(世界で3番目に大きい建築エキシビション)での会議やシンポジウムでTempelhofは他の放置された産業地帯の見本として注目されるでしょう。…

イスタンブール

2012年末、エヴァはオランダの建築事務所(NAI)とイスタンブールのGalata Greek School Foundationの合同プロフラムを誘導する役目をつとめました。エヴァはエキスパートとして、イスタンブール中心街の歴史あるギリシャ学校の再開発に関してのワークショップを建築家に向けて行いました。 イスタンブールのルムとも呼ばれるギリシャ正教会の信者は20世紀に200,000から2,000に数を減らしました。ルムに属した多くの建物は市によって回収され、現在は空き家となっています。しかし、2011年に少数民族(この場合イスタンブールのギリシャ正教会の信者)に一時属した建物は要求すれば市から返還可能と法律が改正され、ガラタギリシャ学校はその中でも返還された最初の建物でした。 では古いイスタンブールの中心街で、今まで放置されていた学校はどう再利用出来るのでしょうか。そして建築という分野がそのためにどのような役目を果たすことが出来るのでしょう。また、どのようにすればこの建物が再びギリシャ正教会の信者たちの憩いの場所となれるのかというようなことがはじめに述べたオランダ建築事務所との合同プログラムで議論されました。 2012年11月、シンポジウムで話し合われた末の結論がルムやイスタンブールの地域開発に携わる人々たちに提案され、一ヶ月後にはそれを実現するために活動が始まりました。エヴァ誘導の合同プログラムがガラタギリシャ学校に新しい未来をもたらすきっかけになったのです。…

バレンシア

スペインのヴァレンシア協議会 2013年5月8日から10日まで Aula Ciutat調査所とUIMP (Universidad Internacional Menédez Pelayo)の招待のもと、エヴァはニューヨークのHigh Line Parkプログラムの総監督Danya Shermanとともに市民参加型の都市開発に関しての講義を行いました。この講義はヴァレンシアの無法地帯と関連づける形で最後にはこの無法地帯をどう有効利用、またどのようにして再開発できるかという議論を促し、都市開発の限りない可能性を示すものとなりました。   &nbsp…

NDSMツアー&トーク

エヴァのところにはNDSM造船所に関しての講義やツアーの依頼がよくあります。それは国内外より放置されていた造船所を文化的なホットスポットに変化させたことにたくさんの人が注目しているからです。学者から文化人まで、多くの人がエヴァの関わったNDSM造船所改造計画をもっともユニークなものの一つとたたえています。チャレンジ精神から計画の規模の大きさ、「骨組みとしての都市」モデルまで、彼女の「インポッシブルだけど完全に無理ではない」というモットーのもと全てを実現できたのです。…

アイ湾沿岸工業建築組合

アイ湾沿岸工業建築組合とはアイ湾マンハッタン計画の影響を受けて、1993年に設立されたアムステルダム市主導下のアイ湾土手大規模再開発と、土地回収業者、及び銀行が共同で立ち上げた組合です(現在の The Zuidas) 。組合の発起人は湾沿いにある12棟の建築物を不法占領していたそこの住民や芸術家達でした。彼らの当初から訴える主張とは建設物によって街の文化破壊を阻止する事、そこで組合は長い間放棄された工業用地を再調査し、都市開発を目的とした前例のない新しい提案を作成しました。それは「骨組としての都市」と1996年に名付けられ、翌年にはHet Kerend Tij(潮の変わり目)という書物に取り上げられました。それにより現代都市計画の青写真が出来上がり、居住者(利用者)による、彼らの為の都市革新事業へと躍進しました。 さらに組合は居住者の挙げたいくつかの改善策や文化団体の組織化をはかり、彼らの居場所を確保する為の様々な援助を行いました。中でも成功例としてはPlantage Dok,Het Veen,Pakhuis Wilhelmina,OT301が存在しますが、中でも有名なのは「骨組みとしての都市」のモデルとなった「芸術の街」のあるNDSM造船所でしょう。 1997年以降、エバは建設組合とは、2棟の建築物の利用者という事も含め色々と深く関与していました。彼女は広報管理、実演説明、傍聴会、文化宣言をこなし、市議会のロビー活動の場で開発委員会(Incubator Policy)が発足、エバは2006年、建設組合の中心人物に指名されました。 20年の長期にわたる努力は身を結び、それは市の文化政策に多大な影響を与えました。適切な予算のもとで開発委員会スタートさせ、文化建築物と芸術家達、市議会と公共住宅機構との架け橋を作り上げました。…

代謝の

Metabolic began in the Fall of 2012 with the mission to put sustainable development into practice. Metabolic had its first Amsterdam office in Eva de Klerk’s containers, which kept us thinking big and fueled our energy for catalyzing global systems change. We used the space primarily for meetings; the container city at NDSM had the uncanny ability to take [&hellip…

Krishna Kaur, ムービーメーカー

エヴァは1965年アムステルダムに生まれ、最初の10年間を英国で過ごしました。帰国後は心理学とコミュニケーション学を学び、過去15年は文化芸術発展の第一線で活躍してきました。アムステルダムの貧困地域再開発の為に地方に限らず全国を走り回り、ヒップホップに熱中するスケートボーダーから新エネルギー開発、芸術文化市場、芸術家の活動拠点となるスタジオから居住空間の確保に至るまで、様々なロビー活動やキャンペーンを続けています。庶民の目線にたち、あらゆる交渉を勧めて行く彼女はいつしか政府や工業関連の人々から恐れられ、ある意味で一目置かれる存在となっていきました。現在、エヴァは息子のヨヒーム•バルサザールとともに住んでいるアムステルダムを拠点として活躍しています。…