アルプス山脈

コミュニケーションを勉強しながら、エヴァは戦争記者となるために数年の間世界中を旅しました。1995年に彼女は平穏と平静を求めて、アルプスに向かい山羊使いとなります。毎年スイスでは多くの農家が羊の面倒をみてくれる若い人々を必要としていました。彼女の日常の時間は乳搾りや干し草作り、肥料まき、チーズ作り、販売用のチーズの谷への運搬、そして、羊たちの生草地への誘導に費やされることとなりました。山々で過ごした6ヶ月間は彼女の人生を変えました。アルプスの中でも彼女の滞在した地区は歩きでのアクセスしかない場所でした。山並みは険しく、天気は予測不能で、そこで感じられる孤独感は時に凄まじいものでした。この経験は彼女に忍耐強さと自身の能力への自負を与えたのです。

 オランダに戻ってから、彼女は共に働いていきたいと思う人々、すなわちイニシアチブをもつ芸術家や若い起業家を見つけだしました。彼女はアイ湾沿岸工業建築組合で働くこととなります。これはアムステルダムにある文化的建築に関する組合です。街にある他の施設との働きも伴って、90年代後半、エヴァはアムステルダム市議会の考えに変化を起こしました。そしてそれは芸術家や職人、そして創造性をもった起業家たちがそのイニシアチブを活用したり、職業空間や居住空間を作ったりすることを支える結果となったのです。市議会は徐々に彼らを育て上げようとという志を持ち始めました。これこそが国際的な称賛を受けることとなるNDSM地区の実現に結びつくことになります。